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広島高等裁判所 昭和39年(ネ)78号 判決 1966年3月07日

控訴人・原告 藤商事株式会社

訴訟代理人 古谷判治

被控訴人・被告 関門商品取引所

訴訟代理人 長谷川一郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の当審における予備的請求を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、本件控訴の趣旨として「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金二〇〇万円およびこれに対する昭和三八年二月二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求める旨、また右控訴の理由なきときは、訴を変更して「被控訴人は控訴人に対し金二〇〇万円を支払え。」との判決を求める旨、各申し立て、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上および法律上の主張ならびに証拠の関係は、左のとおり附加補正するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(控訴代理人の陳述)

(1)  控訴人がその主張する差押および転付命令によつて取得した債権は、別表記載のとおりの、訴外昭和物産株式会社が被控訴人に対して預託していた信認金二〇万円および保証金一八〇万円の各返還請求権である。

(2)  右信認金および保証金は、商品取引所法によつて商品仲買人たる右訴外会社に対する取引委託者の債権のため優先弁済権が認められている会員信認金・仲買保証金ではなく、一般債権者の債権のための共同担保となるべき同会社の財産であつて、控訴人の得た差押および転付命令が被控訴人に対して送達された時期における預託高から、それに先立つて差し押えられた金額を差し引いた残額については、控訴人のため差押および転付の効力が生じている。

(3)  原判決別表6の下関税務署長のなした差押の事実は認める。

(4)  被控訴人主張のような配当がなされた事実は認めるが、右配当の前提たる供託自体が控訴人に対して効力がなく、それ故控訴人は配当期日にも出頭せず、配当金の支払も受けていない。

(5)  商品取引所法によれば、仲買人が仮差押や差押を受けたときは、その額だけを補填するように命じており、三日以内に補填しないときは、仲買人の業務を停止することになつている。しかるに被控訴人は、前記訴外会社の被控訴人に対する債権に対し、金三〇万円の債権による第三者からの仮差押に続き、控訴人からの差押および転付命令を受けながら、控訴人に対する支払をなさず、右訴外会社に対しても被差押額の補填をさせることなく営業を継続させたため、同会社の債務が益々増大し、収拾がつかなくなつたものである。したがつて、控訴人が他の債権者の権利行使により本件転付金の支払を受けえないとすれば、被控訴人の右怠慢により控訴人の貸金の回収が不能に帰する結果となるので、その損害金二〇〇万円の賠償を、被控訴人に対し予備的に請求する。

(6)  乙第一六・一七号証の成立は認める。

(被控訴代理人の陳述および立証)

(1)  控訴人の差押にかかる会員信認金および仲買保証金を含め、被控訴人が第三債務者として差押を受けた訴外昭和物産株式会社のすべての債権については、被控訴人からの供託に基き、昭和三八年一二月一九日山口地方裁判所下関支部において配当手続を完了している。その結果、優先弁済権のない控訴人に対しては、右信認金・保証金以外の一般債権から、貸金債権の一部一万六一二五円と執行手続費用一五八五円が配当されることとなつており、控訴人は配当期日に出頭しなかつたため配当表の実施に同意したものとみなされ、もはやこれに異議を唱ええない。

(2)  証拠として乙第一六および第一七号証を提出する。

理由

(一)  控訴人がその主張の公正証書に基き、訴外昭和物産株式会社に対する強制執行として、商品仲買人であつた同会社が所属取引所たる被控訴人に対して有していた別表記載の合計金二〇〇万円の信認金および保証金の各返還請求権に対する差押および転付命令を受け、右命令が昭和三七年一二月七日被控訴人に送達されたことは、当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない甲第二号証・乙第一六号証・同第一七号証に原審証人久保田洋一の証言および弁論の全趣旨によれば、右被差押債権は、商品取引所法第三八条および第四七条所定の会員信認金・仲買保証金として右訴外会社から被控訴人に対し取引商品ごとに預託された金員の返還請求権であることが明らかである。したがつて、これに対しては、右第三八条第五項および第四七条第三項の定める要件のもとに同会社に対する取引委託者の債権のため優先弁済権が認められているが、控訴人が右優先弁済権者でないことは、その自認するところである。(控訴人は憲法第一四条を云々するが、右特定の債権のための優先弁済権は、前記各法条に基くものであつて、右主張の理由のないことは明白である。)

(二)  成立に争いのない乙第一号証の一、同第二ないし第一七号証によると、控訴人の得た前記差押および転付命令が被控訴人に送達された時期の前後にわたり、原判決別表の1・2および4ないし16(そのうち6については当事者間に争いがない。)記載のように(ただし被差押債権の表示等において正確を欠く部分があり、後記認定と牴触するものは、後者のように訂正する。)、前記訴外会社が被控訴人に対して有する債権(何れも会員信認金もしくは仲買保証金の返還請求権を少くともその一部として含んでいる。)を目的として、多数の債権者による仮差押ないし差押命令(およびその一部については転付ないし取立命令)が発せられ、該命令がそれぞれ被控訴人に送達されたので、被控訴人は、控訴人からの差押にかかる債権を含め、訴外会社に対して負担する債務の全額につき、昭和三八年九月一〇日山口地方法務局下関支局に民事訴訟法第六二一条に基く供託をした事実が認められる。

(三)  前顕乙第一号証の一・同第二・第一六・第一七号証によると、前記訴外会社が被控訴人に預託していた仲買保証金の合計額は金二六〇万円であつたところ、別表1の仮差押はそのうち金三〇万円から個人積立金を差し引いた額を、同2の国税徴収法による差押は金二〇万七二二八円を、それぞれ限度とするものと認められ、その効力が仲買保証金全体に及ぶものと解すべきではないから、控訴人による同保証金一八〇万円の差押とは競合しないものと解することが可能であり、また会員信認金については、右Iの仮差押の効力が及ばないことは、乙第一号証の一の記載と計数関係から明白であるから、控訴人による差押と競合する先行差押は存しない。したがつて控訴人の得た転付命令の効力を、先行差押との競合を理由として否定することはできない。被控訴人は、他人の優先弁済の目的となつている債権については転付命令は許されないと主張するが、保証金の返還請求権自体に券面額が存しないものとは云えず、優先弁済権者の権利行使の結果、転付によつて取得した債権の全部または一部を喪失する危険を伴つているにすぎない(右喪失の結果は転付の効力に影響を及ぼさない)から、かかる危険を冒して転付命令の申請をしたものというべき債権者に対し、転付命令を発しえない理由はない。

(四)  よつて次に、被控訴人の主張する前記供託による免責の効力の有無について判断する。

前叙認定のように訴外会社の預託にかかる会員信認金・仲買保証金に対する数多の仮差押ないし差押命令および転付命令等が相次いで発せられた事態のもとにおいて、第三債務者が果してどの債権者に対しいかなる弁済をなすことによつて完全な免責を得られるかを決するためには、その前提として判断を要する幾多の問題が存在する。さきに判示したところとは異なつて、債権の不特定的一部に対する差押の効力はその全体に及ぶとする原判決判示のような見解や、控訴人の得た転付命令は、優先弁済の目的たる債権についてなされたものとしてこれを無効とする被控訴人主張のような見解も、存しないわけではない。さらに、これらの関係からは右転付命令は無効とはならないとの判断に達しても、その後に優先弁済権を有する債権者によつてなされた差押等の関係で、なお右転付命令の効果が存続しているものとなしうるか否かが問題となる。前顕乙第三ないし第七・第九・第一二ないし第一四・第一六・第一七号証によると、原判決別表4・5・7・8・9・11・14・16の各債権者、および15の国によつてその債権を代位行使されている債権者志柿義雄は、何れも訴外会社に対する商品市場における売買取引の委託によつて生じた債権の主体として、前記商品取引所法の法案に基き、同会社の預託にかかる会員信認金・仲買保証金につき優先弁済権を有するものと認められ、その優先権は控訴人の得た差押および転付命令によつて喪失せしめられるものでないことはいうまでもない。しかし、その優先弁済権の実行として特別の方法がとられることなく、前顕各証拠によつて明らかなように、一般債権と全く同様の、右信認金・保証金の返還請求権に対する強制執行手続がとられている本件の如き場合においても、執行債権者が、その優先弁済権の故に、先行する控訴人の転付命令の効力を否認し、訴外会社を差し押えられるべき債権の主体として手続を進めうるか否かは問題であり、むしろこれを消極に解し、債権者が優先弁済の目的を、転付命令によつて一旦控訴人に帰した返還請求権に対する執行の方法によつて達せんとする限りは、控訴人を被差押債権の帰属者とする手続(ただし本来の強制執行ではなく、一種の担保権の実行にほかならないから、控訴人に対する債務名義はこれを要しない。)によらねばならないとする方が、かかる債権に対する転付命令を有効と認める前叙の見解と、矛盾なく両立しうるところとも考えられる。それに、一様に委託により生じた債権の優先弁済権といつても、それは委託にかかる当該商品についての信認金・保証金にしか及ばないわけであるが、前顕各証拠に徴するに、本件においては、いかなる商品の売買委託によつて生じた債権による執行であるのか、仮差押ないし差押命令には表示されていなく、委託によつて生じた債権であることすら明らかにされていないものさえあつて、優先権の有無やその範囲は、該命令の送達を受けた第三債務者である被控訴人には、必ずしも明らかではない。

第三債務者たる被控訴人が民事訴訟法第六二一条によつてなした供託が有効であるためには、前提として、実質的に有効な差押の競合を要するとするときは、被控訴人は、前叙のような諸問題を的確に判断する責任を負わされ、しからざる限り供託しても免責されない危険を負担することとなる。しかし、それは第三債務者に対し、現に叙上認定のような事情のもとにある本件においてしかるが如く、時として不可能を強いる結果となり、到底妥当な見解とはなしえない。同条第一項の趣旨は、まさに、同一の金銭債権につき複数の債権者からの差押(仮差押を含む)命令もしくは配当要求の送達を受けた第三債務者をして、前叙のような判断を自己の責任においてなすことなく、債務額を供託することによつて、被差押債権が正当な執行債権者によつて取り立てられた場合と同様の、債務消滅の効力を享受せしめるにあるものと解すべきである。供託の要件としては、複数の債権者による同一債権の差押の事実あるをもつて足り、各差押に執行法上瑕疵がなく、実質的に有効な差押競合関係にあるか否かは、供託の効力に影響を及ぼさない。それ故、一部の差押債権者のために転付命令が発せられていて、それが実質上有効とされる限りにおいては、実質上有効な差押の競合関係は否定されることとなる場合においても、第三債務者は、右転付命令の効力について判断をなす必要はなく、転付命令の前提として発せられた差押命令が他の債権者の差押命令と形式上競合関係に立つ事実自体により、有効に供託をなしうるものというべきである。転付命令が最初の差押命令と同時に発せられた場合においても異別に解すべきでないことは、そのような場合においても先に指摘したような様々な問題が起こりえて、これを第三債務者の責任において判断させることは甚だしく失当であり、民法第四九四条後段と対比しても権衡を失する結果となることに鑑みれば、肯定されるべきところと考える。

そうすると、前叙認定の如く、前記訴外会社が被控訴人に対して有する会員信認金・仲買保証金の返還請求権につき、原判決別表1ないし16記載のような仮差押ないし差押命令が発せられていて、差押の競合関係が控訴人の差し押えた債権の全額に及ぶことは、計数上(右信認金・保証金の総額はさきに協定したとおりである。)明白である(特に、乙第一三号証によると、別表15の仮差押は、右信認金・保証金の全額を目的としているものであることが認められ、また同16の差押は、金五一三五万余円を限度とするものであるから、差押の目的として表示された各債権の全額に及ぶことは乙第一七号証に徴し明らかである。)から、被控訴人は供託によつて、前述した意味における完全なる免責を得たものというべきである。したがつて、控訴人は、その得た転付命令の効力如何にかかわらず、その目的債権の弁済を被控訴人に対して求めることは、もはやこれをなしえないところといわなければならない。

(五)  さらに、控訴人は当審において、前記事実摘示(5) のような主張のもとに、予備的に新たな損害賠償の請求を追加した。しかしその主張のような作為義務が被控訴人にあるとなすべき法律上の根拠はこれを見出しえないし、また、控訴人が転付金の支払を受けられなくなつた原因である前叙認定のような優先弁済権ある各債権が、原判決別表1の訴外岡村綴や控訴人による差押がなされた後に(控訴人のいう被控訴人の怠慢に起因して)発生したものと認めるべき証拠もない。別表記載の各差押がなされた当時においては、前記訴外会社がなお商品仲買人として営業を継続していたことは、当事者間に争いがないから、前記信認金・保証金を返還しうべき時期になく、被控訴人が控訴人に対し直ちに転付金の支払をしなかつたことは、もとより正当である。したがつて、控訴人の右請求は、いかなる意味においても、到底理由ありとはなしえない。

(六)  以上のとおりであるから、控訴人の転付金請求を棄却した原判決は結局正当であつて、本件控訴は理由がなく、前記新請求もまた理由がないから、ともに棄却を免れない。

よつて民事訴訟法第三八四条・第九五条・第八九条に則り、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三宅芳郎 裁判官 裾分一立 裁判官 横山長)

別表<省略>

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